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岡山地方裁判所津山支部 昭和34年(ワ)86号 判決

判   決

大阪市東淀川区田川通三丁目三四番地

共栄発条株式会社寮内

原告

水島孝一

右法定代理人親権者父

水島美好

同母

水島雪紅

右訴訟代理人弁護士

竺原巍

岡山県津山市田町一一九番地

被告

有限会社鈴木商店

右代表者代表取締役

鈴木重冬

同市小田中一三九一番地

被告

斎藤栄

右両名訴訟代理人弁護士

光延豊

右当事者間の損害賠償請求事件について、当裁判所は次のとおり判决する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告両名は各自原告に対し金三〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日(昭和三四年九月一一日)以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

原告(昭和二二年一二月一六日生)は昭和三三年七月三〇日午前九時過頃、後部荷台に幼児二名を乗せて、自転車で勝田郡勝央町植月中地区内県道上を東方から西方に向つて進行中、同所を津山方面から梶並方面へ向つて進行中の被告斎藤が運転する被告会社所有の自動三輪車(岡六す八二五〇号)の前部右側通風口附近を、原告乗車の自転車に接触させられ、そのため原告はその場に転倒し、左足を右自動車の右側後輪で轢かれ、左足挫創、左第五外蹠骨骨折等の重傷を負うにいたつた。

右衝突の原因は、被告斎藤が自動車運転者として注意義務を怠つた過失に基因するものである。すなわち同被告は、衝突地点の手前約五〇米位の地点で、原告が道路の南側寄を、荷台に二名の幼児を乗せ、稍フラフラしながら自転車で進行してくるのを認めたのであるが、このような場合、これと行違う自動車運転者たるものは、自転車に乗つているのが少年であり、不安定の状態で進行しているのであるから、同人の挙動に十分なる注意を払い、いつにても停車しうるよう最徐行して進行する等、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、被告斎藤は、右注意義務を怠り、時速約三〇粁の従前の速度で進行を続け、移一〇米位の至近距離に接近して、原告がふらついているのを認め、ハンドルを左に切り、急停車の措置をとつたが時すでに遅く、前記のとおり接触して原告に傷害を与えるにいたつたのである。

被告会社は被告斎藤の使用者であり、被告斎藤は被告会社の事業の執行につき前記自動車の運転をしていたものであるから、前記被告斎藤の不法行為について、被告会社もまた民法七一五条による使用者としての責任を負うべきである。

原告は右受傷をして直ちに勝北町所在の日本原病院において応急手当を受けた後、津山市所在の中央病院に入院して治療を受け、二カ月位で一応退院したが、昭和三四年三月同病院へ約一カ月間再入院して筋肉移植等の手術を受けた。そのため原告は、両足が畸形となり、歩行能力が不十分となり、この不具は終生除去しえないものであつて、就職その他に非常な不利を受けることとなつた。原告は自動車損害賠償保険によつて、医療費等の補償として金七万三〇〇〇円、および慰藉料の一部として金一万四八五〇円の支払らいを受けたが、前記原告の受けた傷害に伴う精神的苦痛に対する慰藉料として、なお金三〇万円の支払らいを受くべきが相当であり、被告らに対し、右慰藉料およびこれに対する訴状送達の翌日以降完済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金の各自支払らいを求める。と述べ、被告ら主張の抗弁事実を否認し、証拠(省略)。

被告両名代理人は、請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求め答弁として、

原告主張事実中、原告主張の事故が被告斎藤の過失に基因するとの点を否認し、その余の事実を認める。

本件事故は、原告が少年であるにもかかわらず大人用自転車に乗り後部荷台に幼免二名を乗せていたこと自体が交通法規に違反するものであり、しかも原告は道路の左側寄を進行していたが、被告斎藤の運転する自動車と行違う直前になつて、突如道路の右側に出て、被告斎藤が進行方向に向つて左側寄を進行している進路を妨害する結果となつた。この場合原告はハンドルを左方に切ればよいのに、あわてて下車しようとして転倒し、被告斎藤は自動車を左方の田地に落すようにして急停車したが間に合わず、本件事故となつたものである。被告斎藤が原告の自転車を認めたとき、原告が自転車の後部荷台に幼児を乗せていることは判らず、道路の左側寄を進行してきていたので行違が十分可能の状況にあつたが、接近してから前記のとおり原告の自転車が突如右寄に出たものであり、本件事故は原告自身の過失に基因するものであつて被告斎藤に過失の責任はない。もつとも被告斎藤は、警察の取調において、本件事故についての過失を認めているが、これは原告が自動車損害賠償保険による補償を受けうるよう配慮したためである。

仮りに被告斎藤に過失の責任があるとしても、本件事故に伴う損害賠償については、昭和三四年七月二九日原告と被告会社間で示談により解決済である。そして原告は、自動車損害賠償保険から原告の自認する損害金、慰藉料の合計金八万七八五〇円の支払らいを受け、右金員を受領することによつて、今後本件事故に伴う何等の請求をしないことを約したのである。

仮りに右主張が理由がないとしても、本件事故は前記のとおり原告に重大なる過失があり、また前記のとおり荷台に幼児二名を乗せて、交通頻繁な一般道路において、原告が自転車に乗るような危険な行動をさせたこと自体原告の親権者にも過失があり、これら過失と被告斎藤の過失とを相殺すると被告斎藤に本件事故による損害賠償義務はない。

被告会社の責任は、被告斎藤に責任があることを前提とするところ、前記のとおり被告斎藤に責任はなく、しかも前記示談が成立しているのであるから、被告会社もまた本件事故についての責任はない。と述べた。

理由

昭和三三年七月三〇日午前九時頃、勝田郡勝央町植月中地区内県道上において、原告乗車の自転車と、被告斎藤の運転する被告会社の自動三輪車(岡六す八二五〇号)とが接触した事故により、原告が受傷したことは当事者間に争がなく、原告はその主張のとおり右事故が被告斎藤の過失に基因するものであると主張し、被告らはこれを否認するのでまずこの点について審究するに、(証拠―省略)によれば、被告斎藤は本件事故について起訴(略式請求)せられ、罰金八、〇〇〇円に処する旨の略式命令を受け、同被告が正式裁判の申立をしなかつたのでこれが確定していることが認められる。しかして右略式命令は、その確定により確定判決と同一の効力を有するにいたつたものであり、略式命令に記載された犯罪事実が、甲第一号証の起訴状記載の公訴事実と同じ内容であることは、当裁判所に顕著な事実であるが、甲第一号証記載事実によれば、本件事故は、被告斎藤の過失に基因するものとしているのであり、右略式命令が再審によつて取り消されない限り、確定判決の効力として、何人も右起訴状記載の事実(略式命令記載事実)を承認せざるをえず、したがつて被告斎藤は、本件事故について、過失の責なしとすることはできないと認める。

被告会社が被告斎藤の使用者であり、被告斎藤が被告会社の事業執行について、右自動三輪車を運転していたとき、本件事故が発生したことも当事者間に争がないので、被告会社もまた被告斎藤の使用者としての責任を免れえないのみならず、被告会社は右自動三輪車を所有し運行の用に供していたものであるから、同被告が自動車損害賠償保障法第三条の免責事由を主張立証しない本件の場合、同法による本件事故に伴う損害賠償義務を免れない筋合にある。

ところで、原告は本件事故による損害賠償として自動車損害賠償保険により医療費等の補償金七万三〇〇〇円、慰藉料金一万四八五〇円の支払を受けたことを自認するのであるが、なお慰藉料金三〇万円を請求しうべきものとして、本訴請求をしているのである。被告らは、原告が前示保険会社からの支払を受けるにあたつて、今後何等の請求をしないことを約しているのであり、原告と被告会社間においても、本件事故に伴う損害賠償の問題は示談により解決済であるとするので、次にこの点について審究する。(証拠―省略)によれば、原告(親権者たる父水島美好が原告を代理する以下同じ)は本件事故に伴う慰藉料金一〇万円を含め損害賠償として合計金一九万円を請求したのであるが、損害賠償保険岡山共同査定事務所は、調査の結果金八万八五五〇円(前記原告の自認額より金七〇〇円多い)を相当と査定し、これについて異議の有無を原告に照会したところ、原告はこれを承諾した上、今後本件事故に伴う損害賠償について、異議の申立をなさず、訴訟その他による一切の請求をしない旨約している事実が肯認される。しかして(証拠―省略)によれば、被告会社もまた右査定額について異議の有無の照会を受け、同被告もこれを承諾している事実が認められ、この場合原告と被告とは、岡山共同査定事務所を介して、本件事故に伴う損害額を、示談により解決したものと認めるを相当とする。もし原告が、被告らに対する関係において前記査定額に不服があれば、この旨を岡山共同査定事務所に通告すべきであるが、その場合原告の被告会社に対する債権額が確定されるまで、自動車損害賠償保険による支払は留保されるかもしれない。自動車損害賠償保険は自動車の保有者に責任保険契約の締結を強制し、事故が発生した場合の損害賠償について、一定金額までを保険会社から保険金として補償を受けさせる制度であつて、被害者が保険会社に直接損害賠償の請求をなしうるのは、法律の定めた便宜手段に過ぎず、被保険者は自動車の保有者であり、保有者は自己が負担した損害賠償の範囲において、別に定める一定金額の限度までを保険会社に保険金として請求しうることとなつているが、被害者たる原告が前記のとおり査定額を承諾し、今後一切の請求をしないことを約し、被保険者たる被告会社もまたこれを承諾し、保険会社が査定額を支払つた場合、その後にいたつて被告会社が査定額を超える損害賠償を支払つても、被告会社は保険会社に保険金(傷害と死亡によるそれぞれの最高限度まで)の請求ができない筋合となり、不都合な結果となるのである。それ故被害者たる原告と保有者たる被告会社との間に、本件事故に伴う損害額の協定ができない場合は、これが確定されるまで、保険会社は損害金(保険金)の支払らいを留保するほかないのであろう。(仮払のことは別であり、本件の場合仮払ではない。)本件においては、前記のとおり岡山共同査定事務所の査定額を、原告、被告会社とも承諾したので、保険会社は査定額を原告に支払つたのであるから、前示のとおり原告と被告会社間に、損害金についての示談が成立したものとみなすべきを事理の当然とするのである。

原告は、保険会社から査定額の支払らいを受けても、なお被告らに損害金の請求ができるとの見解に立つているもののようであるが、この見解に従えば、保険会社は損害額が確定しないのに保険金を支払う(仮払を除く)と同断であつて、その結果として前記のとおり被保険者たる被告会社が不利益を蒙る不都合な結果となる場合がある。したがつて、原告の右見解は不当であり、前記のとおり岡山共同査定事務所の査定額を被害者たる原告、被保険者たる被告会社の双方が承諾して、これが支払われた場合は、原告被告会社間に損害額についての示談が成立したものとせざるをえないのである。被害者が、保険会社に直接損害金の請求ができるとしたのは、法律が特に認めた便宜手続であつて、保険会社が被害者、加害者双方の承諾した査定額を、直接被害者に支払つたときは、被保険者に対してその限度で保険金を支払つた関係となり、自動車の保有者は、被害者の承諾した損害金を支払つた関係となるのである。自動車事故の態様によつては、自動車損害賠償保険による保険金の限度額以上の損害金が容認される事例も多いであろうが、この場合損害額の確定は、被害者加害者間の協議によるか、裁判上の解決にまつほかないことである。被害者が保険会社から損害金の支払らいを受ける便宜として、その査定額を無条件で承諾しておきながら、他方で後日加害者に対し、査定額を超える損害金を請求することは、保険会社が実質的には加害者(被保険者)の代行者的立場において、被害者に直接損害金(保険金)を支払うことからみて、是認しえないことである。もしそれ被害者が、査定額による損害額に不服である場合は、加害者に対して(保険金の限度額では保険会社をも共同被告となしうると思う)訴求するほかないことである。しかして被告会社と原告間に、本件事故に伴う損害賠償が、前記示談によつて解決していると認むべきである以上、右は被告斎藤に対しても免責事由となることは当然である。そうだとすれば、前示のとおり、本件事故について、被告らに過失の責任があるとしても、これに伴う損害賠償はすでに解決済みと認むべきであり、本訴請求を理由ありとすることはできない。

しかのみならず(証拠―省略)を総合すると、原告は当時小学校五年の少年であつたにかかわらず、大人用二六吋自転車の後部荷台に、幼児二名を乗せて発車し、被告斎藤の運転する自動三輪車と至近距離にいたつた際、道路上にあつた砂利に滑つたため、突如自動車の進路に出た(原告は左側を進行していたのを、道路の中央に出た)ことが本件事故の主要原因をなしていると認められ、原告が事前に自転車から下車して、行違をしたならば、十分事故を回避しえたものと認められ、被告斎藤の過失に比し、原告の過失の方がより大であつたと認めえなくはない。それ故過失相殺をすれば、実質的には原告が受預を自認する以上の損害金を、被告らが負担すべき理由はないと認められる。

以上の次第であるから、慰藉料額の当否について判断するまでもなく、本訴請求は失当と認めこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

岡山地方裁判所津山支部

裁判官 富 田 力太郎

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